暖かい春の日だった。
「凄い…」
ヒラヒラと、それは儚く、そして美しく舞い散る花の最期。
小高い丘に立つのは見事な山櫻。
樹齢何百年の樹が咲かす一瞬の花の命、その矛盾の中に美しさを人は見る。
否、矛盾が無いとその美しさは存在し得ない。
そう、昔の人が言っていた気がする。
「クロチェ~!!」
「今行くよ~!!」
樹の下で大きく手を振るのはクラウ。そして手にはお弁当。
花より団子…違った、お弁当かな。
でもそんな事言ったら怒られちゃうかな。
「ご飯ご飯~!!」
「うん、お腹空いたね」
クラウは美味しそうにお弁当を頬張ってる。
ふわり、とクラウのコップの中に一枚の花弁が舞い降りてきた。
驚いたようにそれを眺め、初めて櫻の樹があったかのように、それを見上げた。
「ネェ、クロチェ」
「ん?」
「櫻って、綺麗?」
クラウは空を見た事が無かった。
遺伝か、はたまたその虚弱な体質からか、本当の空の色を知らなかった。
見える世界は、サングラス越しの暗い世界ばかり。
だけどクラウは笑ってる。
クラウにとって、サングラス越しの暗い世界でも、楽しく、幸せなものなのだ、と。
「綺麗だよ」
「うん、キレイ。ヒラヒラヒラヒラ」
クラウはにっこりと笑った。
「櫻ってどんな色なんだろうネ」
たまに、儚く笑う。
そんなクラウを櫻に例えるなんて、出来ない。
花びらはすぐに散ってしまうじゃないか!!
そうだ。クラウは花じゃない、俺の大切な人、なんだ。
「ねぇ、クラウ」
「ン?」
「また夜にさ、ここに来ようよ。そうすればクラウも肉眼で櫻が見れる」
「え…デモ…」
「大丈夫、櫻は見える」
ぼんやりと暗闇に浮かぶ夜櫻もまた、綺麗だから。
「クラウに見せてあげたいんだ」
本当の色を。
世界を。
「…うん!!」
そう言って笑ったクラウの笑顔。
俺の一番大好きな、幸せな笑顔。
「あ、でもノークトに怒られちゃうヨ!!」
「こっそり抜け出して来るから、ね?」
「……」
「大丈夫だよ」
「うんっ!!」
それが世界の中でほんの少しの物でも。
大切な君に、見せてあげたい。
一緒に見たい、僕達が生きている世界を。
櫻の木の下、幸せそうに寄り添い眠る二人。
見ているのは空と山櫻だけ。
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