そう、それはほんの偶然だった。
相手はただのヴィオレとレセィエルだったのだ、それがただ突っ立ってるだけなら別に誰も何も思わない。
ヴィオレがレセィエルを殴っていた。
それを偶然見てしまった。
それが問題なのだという事を、きっと10年たった今でも奴は知らない。
愛情デ繋ギ止メラレナイナラ
暴力デ愛情ヲ繋ギ止メマショウ
奴は知らない。
暴力デ全テヲ繋ギ止メラレルナラ
ソレハナンテ素晴ラシイ世界!!
「あんたは何にも分かっちゃいないね」
そんな訳無いだろ、ゲスが。ローリィはそう自分の記憶の女に唾を吐き、目の前の赤髪の男、ダグラスには言葉を吐き捨てた。
「何で10年前にあんたを襲ったかなんて分かって無いんだろうね」
「分かりたくもないな」
「喉潰されてなきゃこうやってあんたの顔も拝まなくて済んだのにさ」
「貴様の実力が無いからだろう」
背中に傷を持つ男になんざ言われたくないね。
そうまた吐き捨てたら、ダグラスは僅かに眉間にシワを寄せた。
「嗚呼、その顔ぼこぼこにしてやりたいよ」
想像しただけでゾクリ、と背中を這う快感。同時にジワリ、と腹の底から沸き起こるモノがある。
ダグラスと対峙した時、破壊衝動はいつもローリィの中にあった。
ペロ、と唇を軽く舐める。
嗚呼、早く痛みの絶頂に達した絶叫を聞きたいよ。死に恐怖する顔が見たいよ。あんたはさ、楽しいんさ、価値がある、
誰にも渡したくない俺の玩具。
誰ニモ渡シタクナイ私ノ愛人。
記憶の中の耳障りな声に顔をしかめた。
ダグラスと対峙すると破壊衝動と共に現れるモノがある。
ローリィの記憶、遠い昔の記憶、強靭な精神のただ唯一の弱点であり、恐怖の対象。
ダグラスはその人物に似ていた。見た目では無い、中身が。
壊しそこねただけの理由だけで、執拗にダグラスを付け狙っているのではないとローリィ自身分かっている。
俺はあの女に壊された。
あの女は俺を犯し、そして壊した。
俺はあの女を壊したい。
だから奴も壊したい。
あの女にそっくりなあいつを壊したい。
「趣味が悪い」
「全くだよ。何でこんな無愛想なオッサン追いかけなきゃなんないのさ」
「貴様が勝手に来るのだろう」
「あんただってアルタを狙ってくるじゃんか」
「元の一族へ連れ戻すだけだ」
「アルタが自分で抜けて来たんだ、そんな権利は初っから無いよ」
ダグラスとアルタが元々主従関係であったのは知っていた。
ローリィ自身ダグラスの過去は大体調べ上げたつもりであるし、ダグラスのアルタへの執着からそれ以上である事も測出来た。
あいつを壊したら、今俺の傍にいるあの子はどうするだろうか。
俺を怒るのだろうか、憎むのだろうか、そして俺を壊すのだろうか。
別にそれでもいいかもしれない、ローリィはそう思っている。あの子はあいつでもないしあの女でもない。
いつもは震える手で握る刃を、何の躊躇もなく俺に向ける。そしてそれは俺の皮膚を裂き、筋肉を切断し、骨を砕き、臓器を貫き、四肢を切り落とすのだろうか。それでもいいかもしれない。あの子に壊されるなら構わない。
ローリィにとってはそれは恐怖ではなく、救いであり、解放であった。
「あんたがさっさと壊れればすむ話さ、そうすれば全部上手く回るんさ」
「貴様に俺を壊せるはずがない、返り討ちにしてくれる」
そして今日も戦うのだろう。
そして今日も相討つのだろう。
だがそれでいい、とローリィは思った。
「簡単に壊れちゃ、つまらないっしょ?」
俺はもう壊れてるの、アンタはしらないでしょ?
ねぇ、もっともっと俺を楽しませてよ。あんたも結局俺の玩具でしかないんだ。
でもね、簡単に壊してなんかやんないから。
気に入った玩具はずっと遊びつつける、子供みたいにね。
いらなくなったら、そうだね…捨ててあげるよ。
でもきっとそんなことはないんだろうね、あんたはきっとずっと俺の玩具でありつつけるんだ。
あんたが死んでもずっと遊んでてあげるよ。
一生壊してなんか、やらないからね。ははははははっ!
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