「俺、ヴェロの事好きだ」
もう一度、しっかりと、ハヤテは俺を見て言った。
じん、と殴った手が痛んだ。
「なんで、マフィアなんだ」
搾り出した声は掠れていて。
これでも手加減したんだぞ、そう言って震える手を怒りとごまかした。
「分からない」
舌打ちしようとして、出来なかった。
分かってる、ハヤテは本気だ。
「お前、自分の立場分かってるのか」
真っ直ぐな瞳は変わらない。
自分を無理矢理前へと引っ張って行くそれに何度助けられた事か。
それも今は、見たくない。
ふわり、と香る香水の匂い。心底それが憎かった。
ハヤテの話が、真実だという肯定の印が。
「……いやいい、わかった」
納得しているとは思われていないだろうし、納得しているとも思っていない。
十年以上、降り積もる憎しみや怒りや恐怖はそう簡単には払拭出来はしない。
マフィアは憎い奪ってやる全て全て全て!!知らない奴らは敵だ奴らの事なんて知らない!!悲しみなんてしらない辛さなんてしらない同じ思いをさせてやる皆屑だヒトなんかじゃない俺はマフィアが憎い独りにしないで置いて逝かないで暗い暗い怖い怖いよ闇が襲ってくるんだ俺を飲み込もうとするんだなんでだよなんであいつはマフィアだぞなんでだよ!?置いて行かないで!!俺を独りにしないで!!俺からまた家族を奪うのかもうやめてくれ!!嫌だ嫌だ嫌だ!!
ウ ラ ギ リ モ ノ !!
「クレやん?」
感情は溢れ出して、思考は飲まれ、理性は流されていく。
大切な人にその言葉を発したのはいつの事だったか。
「……いや」
分かってる。
「俺もか、と思ってな」
「クレやん…も?」
「……お前には関係無い」
そう、こうやって。
仲間に言えない事が沢山あって。
仲間についた嘘が沢山あって。
真っ直ぐに、ハヤテは俺に真実を伝えたのに。
俺は隠したまま。止まったまま。
裏切り者は俺。
仲間を、裏切り者と言って何故受け入れられないのか。
仲間の大切な人を、何故受け入れられないのか。
裏切り者の自分を、誰が受け入れてくれるのか。
前を向かないのでなく、向けない。
見たくない、仲間と並ぶ憎い存在を。
見たくない、裏切り者の自分を見る仲間の顔を。
見たくは無い。
「……どうしたら、受け入れられるんだろうな」
認めた、受け入れた。
奥底で叫んでいた。うらぎりもの。
ずっと、ずっとずっとずっと。
「受け入れ…らんないか?」
置いて行ってしまう、俺はそれが怖かった。
自分が止まってるだけなのに。
「………お前が幸せなら、俺はそれでいいさ」
ゆっくり首を振って、そう言った。
「………」
桃フ…ヴェローチェを見かけた(ハヤテに桃フンは駄目、と言われた)。
さっさと行こう、と踵を返す前に奴と目が合う。
にっこり笑う顔が見える。
嗚呼、やってしまった。俺は心底あいつが苦手だ。
「…っ」
今は、会いたく無かった。唇を思い切り噛む。
無意識にホルダーにかけた手を、何とか握りしめた。
駄目だ、殺すな。
『マフィアは敵だ』
駄目だ駄目だ。
『皆、殺す』
「来るなっ!!来るな来るな来るなっ!!!!」
踵を返して走り出す。
早く、早く早く早く早く!!
裏道を通って、遠回りをして、表通りの人混みに紛れて、追ってきてるのかとか確認もしないで、走って走って、走って。
アルジェントアラに飛び込んで、更に自分の部屋に飛び込んだ。
「…………」
じわ、と口に広がる鉄の味。
握りしめた手はじん、と痛む。
「認めてるんだ、受け入れてるんだ…」
幸せで、あって欲しいんだ。
本当に、心の底から。幸せで。
『連れて行かないで欲しい癖に、置いて行かれるのが怖い癖に、独りになるのが嫌な癖に、失うのが怖い癖に。臆病なだけなのに』
「…時間が足りないだけだ」
自分にそう、言い訳をした。
幼稚な言い訳だと、思った。
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