「あなたは、だれですか?」
そう言うと、そのヒトはにっこり微笑んだ。
「何を言っているのですか、トパーズ君。早いボケですねぇ」
「……あ」
言葉が口から出てしまったのだろう。
どうかしましたか?と自分の悪友は意地悪な笑みを浮かべてこちらを見ている。
「すみません、貴方は桃フンさんでしたね」
「おやおや、すっかり頭までご老体になってしまわれましたか青フン君」
「…流石に21歳で老人は嫌ですよ、ヴェロさん」
他人から聞けばおかしな言葉を漏らしたのは自分だ、今回は部が悪い。大人しく負けを認めた。
悪友はふふ、と満足そうに笑い、そしてそのヒトは、くすくすと面白そうに、それでいて悲しそうに笑っていた。
(貴女は、誰ですか)
何度も何度も、同じ問い掛けをしたが、今にも消えそうな彼女は、何も答えない。
(貴女は………)
何度か同じ事を繰り返し、ため息をついた。また自分の負けだ。
「まったく、今日の貴方はおかしいですよ」
「おかしいのはいつもの事でしょう、気にしないで下さい」
「それもそうですね」
「…貴方に言われるのも癪ですがね」
何となく、気になっていた。彼の後ろの彼女の存在が。
(今にも消えてしまいそうな)
このまま負け続けているのもまた癪だ、質問を変え、再び彼女に勝負を挑んだ。
(貴女は彼の、何なのですか?)
…ト―――………
「――…え?」
「今度はどうしましたか?」
「………」
(コイ、ビ…ト…)
彼女はただ、哀しく微笑んでいた。
「……トパーズ君?」
「…あなた」
「え?」
「呪われてますねっ!!」
「……何かと思えば」
「ぷぷぷっ」
ふざけないで下さい、とヴェローチェがため息をついた。
そういえば自分は「ぷぷぷっ」と笑う癖があると言っていたのは誰だったか、まぁどうでもいい。
視線をヴェローチェの向こうの、彼女に合わせた。
(どういう事ですか?)
『彼の記憶に無い存在』
(何故?)
『彼は忘れてしまった』
(どうして?)
『私が死んだ、あの事件から』
(事件?)
『彼も…』
(………)
呟きは遠い。
姿は掠れて今にも消えそうだった。
「ヴェロさん」
「はい?」
「……」
やめた。
彼女の存在の事を聞こうと思った
のだ、だが当の彼女が首を振る。
何故と聞いてもただ『覚えてないから』と首を横に振るのだ。
「全く、女泣かせですねぇ」
「おや失敬な、女性を泣かせた事はありませんよ。お付き合いもした事はありません」
「嘘言わないで下さいよ、この酔っ払い紳士が」
「本当です、酔ったら脱ぐ癖に」
覚えていないのは本当のようだった。
ついでに痛い所を突かれた。
(別に、彼に過去の事を聞いた事は無い。言いたくないのなら知る必要も無い。自分も語りたいとは思わない)
ただ、気になっただけだ。
そう。気になった。
(消えてしまいそうな、貴女が)
彼女は、静かに首を横に振る。
『壊れてしまうから――…』
「なんて酷い顔をしているんですか、貴方は」
「…そんな、」
「酷い顔です。何故今にも泣きそうな顔をしているんですか、そんなに酒癖が悪い事を気にしていたんですか?彼女に嫌われますよ」
「一言余計です!!」
この能力は便利でもあるが、重荷となる事が多いのは昔から分かっていた。
自分に対して怨恨の言葉を述べる者や、危害を加えようとする者にはもう慣れた。
しかし、静かに、なすすべなく儚く消えていく者を救えない歯痒さは一向に慣れる気配はない。
そう、消えていく。
「…ねえ、知っていますか?」
「何をですか?」
「死者は誰の記憶にも存在しなくなったら、消滅してしまうのですよ」
ヴェローチェと彼女を繋ぐ脆い鎖が何であるのか、自分には分からない。
(思い出しなさい、早く)
彼女はまた首を振る。
『思い出したら、きっと壊れてしまうから』
「……思い出せよ」
「何か?」
「いえ、邪魔な虫がいるなぁと思いましてねぇ」
「もうすぐ夏ですからね」
『それに、』
遠くから、彼を呼ぶ声が聞こえる。
それは結構な速さでこちらに近付いて来ている。
それに応える彼の顔がとても幸せそうで。嗚呼、そうかなんて思った。
『ヴェローチェは、幸せだから』
儚く笑う、彼女。
こっそり口元を三日月に歪ませ冷たく嘲笑する、自分。
「……馬鹿野郎」
嘲笑は自分に、馬鹿はお前に。その呟きは彼には届く事は無かった。
"That poor devil!
" He sneer at myself.
(哀れな奴だ!!彼は自分自身を嘲笑った)PR