違和感。
自分を見て挨拶そこそこに、そそくさと立ち去ろうとする彼の腕を、無意識に掴んでいた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…な…何か用なら言って欲しいなぁ」
「…………」
「ねぇー」
この人は。
ノークトと共に狂気に巻き込まれた人物。ファルソ、という名前だと記憶している。
謝罪位は、とネロネーヴェまで会いに行こうと思っていた所でたまたま会うとは。
「あーもう…」
違和感。
先程からずっと覚えていた違和感。
いや、初めて会った時かもしれないが仕事中であった為か、違和感を覚えた記憶は無かった。
「…………」
「お兄さーん、おーい」
「…あなたは」
ミ エ ナ イ
「あなたは、」
「えーと…名前?」
「違います」
何も視えない、彼からは。
「…取り敢えず、離してくれない?」
ふと、我に返り、彼の腕を握ったままであった事に気付いた。
「おっさんこれから行かなきゃならない所が…」
「…………あ、」
ふわり、と暖かい感覚。
「ん?何?」
一瞬視えた、淡く儚いそれは『生きている者』の想いか。死者で、無く。
様々な者から見える、ある時は横で見守り、ある時は狂気的なまでのそれ。
恋慕、情念、愛情。
今、『今生きている者』しか視えない。
昔、『死んでいる者』は視る事が出来ない。
過去が無い、彼には。
…嗚呼、
「そうか…」
「え?……え?」
世界を、拒絶する術がある。
「貴方は、『今は』生きているのですね」
全てを、拒絶する術がある。
「何時から『今の貴方』になったのか、私はわかりませんが」
幾度と無く視てきたそれを、自分も通った道を、何故忘れていたのか。
「大切な物があるなら、もう『死んではいけません』よ」
それは、死。
肉体にも精神にも、平等に訪れるソレ。
そうか、彼は死んでいた。
そうだ、彼は死んでいた。
「貴方の事は何も知らないですけど、ね」
戻ってこないのは護る必要が無い位彼が強いと感じたのか。
「この間といい…今といい……頭大丈夫?」
彼が死んでいる間に旅立ってしまったのか。
「それは失礼な、傷開いてあげましょうか?」
自分には視えない、何処か遠くで見ているのか。
「やめて!!おっさん痛いのやだ!!」
自分のように愛を貰え無かったのか。
「冗談ですよ」
過去の無い彼からそれを知る術は無い。
「どうせ、言った所で信じてなんてくれないのでいいです」
知った所で仕様が無いと思う。
今が幸せならいい。
「…やっぱり頭大丈」
「ひ、ら、き、ま、す、よ?」
「おっさんこれでも心配してるんだよぉ!!」
むっすりしてこちらを伺う彼からは、ぷんぷん、と効果音が聞こえそうだ。
そして目はちゃんと警戒を忘れていない。
流石、という訳だ。
「まぁ、貴方に会いに行こうと思っていた所ですし。この間はご迷惑をおかけしました」
ケーキ食べます?と箱を掲げて聞いたら全力で拒否された。甘い物は嫌いらしい。
ただ、
「あ、そういえばケーキ好きだっけ」
とケーキの箱に手を伸ばし、受け取った。
「それでは、お忙しい所申し訳ありませんでした」
「じ…じゃあね」
そそくさと、こちらを警戒しながら行ってしまった。
ふわり、と暖かい風が吹く。
『あまり虐めてやるなよ』
ククク、と笑う声は誰の者かは分からないが懐かしい響きを帯びていた。
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