「……ちっ」
最悪だ。
腕に喰らった弾丸を地面に落とした。
刀が無ければ骨も砕いていたかもしれない。刀はぽっきりと折れている。
腕は動く、だが傷は深かった。
鬱憤晴らしに引き金を引けば、かちん、と空っぽな憎たらしい音。
「弾…が無い」
仕方が無いから。切って切って殴って蹴って潰して。気付いたら傷は増え、自分は返り血で真っ赤。
馬鹿な奴が手榴弾をぶっ放して、崩れた家の壁や木材に押し潰されて敵は皆自滅した。
火の手が上がって来た為、さっさと場を後にする。ただでさえ非番で暇で、こっそり出てきたマフィア狩り。バレたらどうなる事か。
それにあいつらの仲間に来られたら困る。隠し刀は一本腕の代わりに折れ、一本は油でギトギト、相手なんかしてられない。贔屓の武器屋のおっちゃんに怒られるな、なんて思った。
「窓からこっそり入ろう」
うん、とアルジェントアラまでの道のりを歩き出す。裏道をこっそりと。
ふと、物音がした。
「…!?」
ば、と振り向けばそこには自分の兄貴分の姿。
脇腹を赤黒い血で濡らし、真っ青な顔をして目を閉じていた。
死人、みたいだ。
「兄さん!!」
駆け寄って見てみれば、俺に気付いたようで、兄さんはゆっくりと目を開いた。
「クレ、セ…ア?」
死んでいなくて良かった。
ほ、としていると俺が血だらけなのを見て、兄さんは顔をしかめた。
「やだ、あんた怪我してるじゃない。手当てしてあげるからこっちいらっしゃい」
掠れた声。死んでいなくても、大丈夫じゃないのは見て分かる。
俺の事なんかいい、それよりも兄さんが心配だ。
「俺のことは良い!!それよりも兄さんは…!」
「大した怪我はしてないわ。血まみれのクレセアに比べたらね」
脇腹から血を流して何が大した怪我で無いのか、俺がこんな怪我なのは何時もの事、そう言おうとした。
瞬間、くい、と弾がえぐった方の腕を引かれた。
「……っ!!」
痛みに言葉が出ず、顔が歪む。
まずい、とすぐに何でもないような顔を装うが、兄さんが気付かないはずはない。よく人を見ている人だ。
兄さんはじ、と俺の傷を見ると、
「やっぱり酷い傷じゃない。お馬鹿」
と呆れたような、心配したような表情で言う。
それは兄さんも同じ、じゃないか。兄さんだって酷い傷だ、この顔色の悪さは出血だけじゃないのも分か
る。
もしかしたら体調が悪いのかもしれない、何か兄さんを傷つけるものがあったのかもしれない。
そんな奴許さない、俺が殺してやる。
でも、中々言葉に出来なくて、
「……酷い顔色の兄さんに言われたくない…」
と言うので精一杯だった。
このあまのじゃくな性格をどうにかしたいとこれほどまでに思った事は無い。
「あらやだ、生意気いうと消毒液ぶっかけるわよ」
流石にそれは嫌だ。
大人しく手当をうけているのが酷く嫌で、兄さんの方が手当てが必要なのに、俺は大丈夫なのに、もう良い、と何度言っても兄さんは許してくれなかった。
「はい、おしまい」
ぽんぽん、と頭を撫でられる。
頭を撫でられるのは嫌いじゃない、むしろ好きなのだが今はそんな事を言っている場合では無い。
兄さんの顔色はやはり酷く悪い。
「次は兄さんだ!!」
「そうねぇ…」
兄さんは暫く考えた後、微笑みを浮かべ、
「私はこれで十分かしら」
と俺の肩にもたれた。
「兄さん?」
十分じゃない、と思う。
しかし普段は殆ど頼る事をしない兄さんには珍しい事で、若干、驚いた。
「暫く肩を貸してね、クレセア」
別に構わない、肩ならいくらでも貸す。何でも貸すから。
だからもう少し頼って欲しいと思った。
兄さんは人に頼らな過ぎる、俺はそんな所が心配だ。
「おやすみ」
そう言って兄さんは目を閉じた。
すぐに規則的な寝息が聞こえてくる。
ぼんやりと兄さんの顔を眺めた。顔色はやはり良くない。
兄さんと初めて出会った時、正確には初めて見た時。
その立ち振る舞い、言動、その端と端に見える何か。それが俺にほっとけないと思わせた、マフィアなのに。そう、憎むべきマフィアなのに。
最初は「カマ野郎」「もういっぺん言ってみなさい」と突っ掛かって、なんだかんだと言い合って、飯に手をつけないのを見れば「食え」と無理矢理口に突っ込んで。ほっとけないのは俺と同じか似た境遇であるからだと知った時には「兄さん」と呼んでいた。
本当の名前も教えて貰った。
でも俺はまだ真実が話せない。
家族がマフィアに殺され、家族を殺したマフィアを探して殺戮を繰り返し、アルジェントアラに入って、仲間が出来てからも、そのトラウマは夢に現れ、睡眠薬を使おうが精神安定剤を使おうが夜も眠れない位に俺を苦しめ、マフィアを殺すよう仕向ける
。
未だ治らぬ傷を話す事は出来ない。
だって兄さんに心配かけるだけじゃないか。
マフィアである兄さんを悲しませるだけじゃないか。
「………」
ここに、長居は無用だ。
思考に飲み込まれそうになるのを腕を強く握って耐え、兄さんを起こさないように立ち上がる。
「よっ…」
兄さんを背負い、アルジェントアラまでの道のりを歩き出す。
ふと、腕を見れば握った時に傷が開いたのか、血が滲んでいた。手当てして貰ったばかりなのに。
「俺は…頼ってばかりだ」
頼ってばかりで
甘えてばかりで
本当の事が言えなくて
兄さんの力になれなくて
「ごめんなさい」
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