雨が、降っていた。
「………」
そういえば、アイツは傘を持っていっていない、そう友達が言ってたから。
俺はアイツを探しに行った。
「おい」
目的の人物は、その藍色の髪を雨に濡らしぼんやりと公園のベンチに座っていた。
「おや、クレセア君」
「何やってる、桃フン」
チェーロラーマのコンシリーエ。
ヴェローチェ、という名前だが昔から俺はこいつを本名で呼んだ事などほとんど無かったように思う。
『桃フン』
ずっとそう呼んでいる。
長い髪をピンクにしたり金にしたり。
桃色が一番印象的だったのだろう、あの頃の俺は。
『お前なんてフンだ、だから桃フンだ』と言っていた、そんな頃もあった。
ずっと昔の話だ。
「だから雨の中何やってる。びしょ濡れじゃないか」
「ぼんやりしていたら降られてしまいました」
「ならさっさと帰ればいいものを」
「雨にうたれるのもまた一興でしょう?」
ふふ、と笑う桃フンにため息を一つくれて傘に入れてやる。
「帰って着替えないと風邪ひくぞ」
「そうですねぇ」
そうは言うものの、動く気配を見せない。
俺はただ、目の前に立って屋根を作ってやる。
そういえば、こうやってこいつの所を頻繁に訪れるようになったのは何時からだったか。
こいつに傘をやって、こうやって仲良くお喋り出来るようになるなんて、昔の俺を考えるとある意味奇跡的な事。
そう、もう俺は昔の俺じゃ無い。
「…よく、ここに来ました」
「誰と」
「恋人と…、彼とですよ」
そういえばここはデートスポットだったな、なんて思った。俺もよくハヤテと張り込みをしたものだ。
カップルがうざくて足を引っ掛けた時にハヤテに怒られたっけ、当たり前だが。
またそれも昔の話。
「寂しいか?」
「……」
「だが、もういない」
「わかっています」
俺の相棒は、ハヤテは遠くへ行ってしまった。
今は何処か遠い国にいるのだろう、俺には想像もつかない位遠くの。
時が流れて、皆、変わった。
広い世界を見る為、ハヤテは旅立った。
家族が殺されてから止まっていた俺の時間も動き出した。
俺達だけじゃない。他のアルジェントアラの皆も、マフィア達も。
皆、変わっていく。
こいつもまた、変わった。
「お前は…」
瞳を見ると、ぼんやりと何処か遠くを見ていた。
たまにこいつにはそんな
時がある。何処か遠くを、見ている時が。
そんな時いってしまう気がする。その『何処か』へ。
地の果てまで恋人を追い掛ける、とか考える乙女思考がこんな色々と捻くれた奴に有るはずは無いのだけれど。わかっているのだけど。
「見ていられないな」
「そうですか」
確かに、変わった。
だけど俺を虐めるのが、俺の中の『桃フン』という人物だ。
そんな何処かよそ見して池にでも落ちてしまいそうな、そんなこいつは見てなどいられない。
否、見てなくちゃいけないのか、池に落ちないように。
でもやっぱり見ていられない。
流れる時の中で、変わらない者はいないのはよくわかっている。
だけど何故だろう。
『こいつが変わってしまうのが怖い』のは。
「ハヤテは遠くに行った。いつ会えるかも分からない」
「一生、会えないかもしれませんね」
「……なら」
「はい」
「俺が代わりになってやる」
「…はい?」
危なっかしくて、見ていられない。
そう、これは同情から。
誰かの代わりになれるはずなんて無いのだけれど。
見ていられない、でも見ていなくてはならない。
怖いのだ、変わる事で何かが壊れてしまいそうで。
「俺がハヤテの代わりに、なってやる」
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